パパの独り言

何でも思ったことを言っちゃうブログ。

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昨日のブログの続きを書いてみようと思います。

俺の過去について。

長くなりますので分けてエントリーします。

我が家は3人家族で両親共働きの1人っ子で、いわゆる「鍵っ子」でした。
ごく普通のサラリーマンの家に生まれてきた。
同じ敷地内に父親の兄の家と父親の妹の家がありました。
昔はそれなりに財産があったようです。
父方の祖母は長男である隣に住む父親の兄一家と暮らしていました。
母親と父方の祖母の確執に気づいたのは小学生になってスグの事でした。
そして板挟みの父親を見てきました。
大きな声を張り上げた嫁姑、夫婦喧嘩はよく見る光景でした。
我が家の収入は両親の稼ぎのみでした。
収入の比率は多い時には1:2で母親の稼ぎがウエイトを占めていた。
時には友達の手伝いと称し母親が水商売のバイトをしていた時期もありました。
母親はまだ幼稚園に通っていた俺を一緒に連れてバイトしていました。
バイトの帰りに客の見知らぬオヤジと3人でタクシーで帰宅したこともある。
「子供が見ているからダメよ。」と母親がオヤジに言っていた。
俺がこの場に邪魔なのはわかったが、その言葉の意味はわからなかった。
父方の祖母と母親に板挟みの父親。
父親は父方の祖母には逆らえなかった。
時には暴力や家の中の器物破損を繰り返し俺には「哀れ、情けない」父親でした。
そんな父親もやがて鬱病になりました。 


続く
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